僕と妻の20年を振り返って

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誕生日

僕と妻は高校2年のときに出会い、27歳で結婚。

人生の半分以上をともに過ごしています。

馴れ初めや過ごしてきた思い出は記憶の中にあるし写真も残っているのですが、節目の年ということもあり今回記事を書くことにしました。

最初の出会いと別れ

北海道の札幌市近郊で生まれ育った僕と妻。別の街で暮らしていた2人に接点はなかったのですが・・・

2人を結び付けたのは高校の部活動。

札幌市近郊の高校が年に1度集まって1つの演劇をつくる催しがあり、そこで出会って4か月ほど交際しました。

若さゆえのすれ違いもありましたが、そのまま交際を続けていたとしたら今の2人にはなっていないような気がします。

数年ぶりの再会

破局を迎えて数年後。

僕は高校を卒業してから進学も就職もせず、アルバイトして遊び歩く生活をしていました。

妻は大学2年生。昔の友人の集まりで偶然再会し、後日僕から改めての交際を申し入れOKをもらいました。

泳げないけど海に遊びに行った帰りだったかな。

徒歩15分で牛丼

当時電車の駅近くで一人暮らしをしていたんですけど、どういう訳か行きつけの牛丼屋が近所になかったんですよ。

いや地下鉄で2駅のところにあったんですけどね。牛丼食べるのに地下鉄の料金払うのに抵抗があって・・・

なぜか散歩がてらと妻を連れて徒歩30分ほどの牛丼屋に食べに行った記憶があります。

妻

結構遠かったよね。

すまんかった・・・どうしても食べたかったんや。

ノイ

ノイ

妻に鍛えられる僕

勉強するわけでも就職活動するわけでもなく、アルバイトしてはパチンコに遊びに行く僕をみかねて、妻はいろいろと提案してくれました。

  • 簿記3級に落ち続けたときは「次落ちたら別れるよ」と活を入れる
  • 企業の合同説明会への参加を促す
  • 初級システムアドミニストレータ(現在のITパスポート)試験を勧める
  • コールセンターへの就職を勧める
  • 通信大学の情報を調べる
  • 行政書士試験を勧める

今の僕があるのは、妻がたくさん提案してくれたおかげ。

本当に感謝しています。

妻の退職と結婚

ただ妻の社会人生活は順風満帆とはいきませんでした。

新卒で入社した会社で心身の調子を崩して退職。その前後で心療内科に通院し、服薬しながら再就職を模索していました。

退職する数か月前に2人暮らしを始めたこともあり、それまで張り詰めていた気が緩んで大きなダメージを負ってしまったのでしょう。

幸い僕がコールセンターでの仕事が軌道に乗り金銭面はそこまで心配なかったので、再就職は気長に考えてもらおうとしました。

しかし退職してから2年近く経っても安定した再就職が見込めず、健康保険の任意継続の期限が切れてしまうと焦りを感じていた妻。

再会して交際してから7年が経ち半年後には結婚式を予定していたので、半年早いけど入籍することにしました。区役所の時間外受付に提出しに行った記憶があります。

結婚式

結婚式場の予約や打ち合わせ、両家の顔合わせや招待状の手配。

遠方からの親戚の宿泊手配や、当日のバタバタ。

今思い出しても大変なイベントでした。

心残りなのはBGMを余裕をもって相談する時間がとれなかったこと。

驚いたのはお花代が高かったこと。

妻

標準プランのお花は一輪だけで寂しすぎたよね。

写真やビデオで後から見たら映えててよかった!

ノイ

ノイ

ペーパードライバー、車を買う。

20代前半に自動車の運転免許をとったものの、すぐ事故をおこしてしまったこともあり車は持っていませんでした。

ただ結婚してこれから子どもが生まれるかもしれないなら、行動範囲を広げる意味でも車あったほうがいいなと。

中古で60万くらいの車を30回ローンで購入。

いろんな所へ行けて楽しかったですが、2年半のローンは地獄でした・・・

はるばるきたぜ函館

車を買ってまもない頃、札幌から片道300キロ近くある函館まで出かけたことがあります。

昼間は道路が混むので深夜に出発。

途中眠くなったら道の駅で仮眠。

早朝に着いて1日観光し、夕方からまた300キロ走って帰路につく。

体力があり余る20代だからできた芸当ですね。

妻

当時は私が運転かわることもあったね。

(隣に乗ってる身としては運転怖かったけど・・・)

ノイ

ノイ

2回の喜びと2回の悲しみ

僕が一緒に暮らす家族は妻と息子・娘のあわせて4人。

でも実は生まれてくることなくお空に帰った子が2人いるんです。

当時はとても辛くて悲しかったけど、今4人で楽しく暮らせているのはお空にいる子2人が見守ってくれているからかなと思ったり。

辛いのはママなのに、俺の方が動揺してしまった・・・

ノイ

ノイ

妻

パパが代わりに動揺してくれたおかげで、冷静になれたかも。

病を乗り越えて

妻はとかく病気がち。

病気といっても寝たきりではなく、精神疾患やそこからくる身体の不調で仕事を長期間休むこともしばしば。

家事をするのは苦手でバリバリ働く方がパフォーマンスが良い妻。

仕事はパートくらいしかできないけど家事もそつなくこなす夫。

それぞれが持てる力を最大限発揮して家庭を支えています。

精神疾患

新卒で入社した会社は激務で、妻には向いていなかった様子。3年弱で退職し、その前後でパニック障害と診断されストレスで過呼吸になっていました。

数年通院して一度は寛解。

しかし数年前に夫婦ゲンカが発端となって再度心療内科を受診。統合失調症と診断され1年間休職しましたが、服薬やカウンセリングを受けながら復帰して徐々に平静を取り戻しているように見えます。

妻

こればかりは長い付き合いになりそうだよね。

落ち着いてゆっくり進もう。

ノイ

ノイ

偏頭痛

数年前にめまいがひどく耳鼻科を受診したところ、メニエール病と診断。

服薬を続けたが一向に回復する気配がなく、引っ越しを機に別の病院を受診したら精密検査の結果「メニエール病ではない」と判明!

偏頭痛がひどいとめまいを起こすことがある、と頭痛外来を受診したところビンゴ。

予防薬や頓服を飲み、頭痛を和らげながら生活できています。

甲状腺疾患

メニエール病と診断された同時期、動悸がひどくダイエットしてるわけでもないのにどんどん体重が減る。

検査したところバセドウ病と診断。

何らかの原因で甲状腺ホルモンの値が異常に高くなるとバセドウ病。

そのバセドウ病が落ち着いたと思ったら、今度はホルモンの値が異常に低くなり橋本病の気配。

妻

体重減ったのは嬉しかったんだけどな。

喜んだらあかーん!

ノイ

ノイ

未来へ向かって

解決には平均してそれまでの人生の3分の1くらい時間がかかる

2年前にカウンセリングを受けたとき、臨床心理士から聞いた言葉です。

物心ついた8歳頃から38歳まで30年。心の問題が解決するにはその3分の1の10年前後かかる計算。

アニメや漫画のように魔法があって一瞬で悩みがすべて解決すればいいですが、そんなことはあり得ません。

1日、1ヶ月、1年を積み重ね、10年が経った頃に理想の家族に近づけているかもしれない。

それを信じて、手を取り合い未来へ向かって歩いていきます。

妻

頼りにしてるよ。

お任せあれ!

ノイ

ノイ

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ノイ

ノイ

パソコン・インターネット・法律に関係する仕事を経験。非正規で長年働いていたが現在は専業主夫。よくプレイするゲームは原神・スプラトゥーン2。歌うことが好き。

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